短距離選手の練習では、ジョグ、動きづくり、流し、スタート練習、全力走が同じ日に並びます。その全部をスパイクで行うべきか、逆に主練習までランニングシューズでよいのか。迷ったときは、靴の値段や速そうな外観より、その場面で何を確かめたいか、どの路面でどんな動きをするかを先に決めます。
この記事では、ピンのない練習用シューズと短距離スパイクを、ジョグ・ドリル・流し・主練習でどう使い分けるかを整理します。特定製品の使用レビューではなく、選択と記録のためのガイドです。新しい靴なら何秒速くなる、履き替えればけがを防げる、といった保証はしません。
資料確認日:2026年10月30日。シューズ条件を変えた短距離走の一次研究は公開抄録で確認できた範囲を扱い、メーカー資料は公表された用途・仕様として紹介します。以下の切り替え手順や記録表は編集部の実践提案で、研究が検証した共通の処方ではありません。
「アップシューズ」という名前だけで選ばない
アップシューズとは、ウォームアップなどで使う靴を指す競技現場の呼び方です。同じ名前で呼んでいても、普段のジョグ用、動きづくり用、速い流しまで行う靴では、想定する動きが違うことがあります。商品の分類名だけで、自分の練習に適しているとは決められません。
ここでは、ピンのない靴をまとめて「練習用シューズ」と呼びます。すべてが同じ構造という意味ではありません。また、ジム向けトレーニングシューズ、体育館シューズ、普段履きのスニーカーを、短距離の屋外走へ無条件に転用する考え方でもありません。メーカーが示す用途、使用する場所、実際に行う動きを確認します。
最初に「ジョグと移動まで」「ドリルと流しまで」「スパイクで行う主練習」と役割を書き分けましょう。一足で複数の役割を担っても構いませんが、合わない動きまで無理に担当させないことが出発点です。
研究で分かることと、練習へそのまま移せないこと
Hsiaoらの2025年の研究では、男子短距離選手17名が、裸足、ランニングシューズ、スパイクの条件で60mを走りました。公開抄録によると、最高速度と60mタイムはスパイク条件が最もよい結果でした。靴の違いによって、地面から受ける力である「地面反力」の特徴にも違いが報告されています。[1]
ただし、この結果は「練習の最初から最後までスパイクが最適」という検証ではありません。ジョグやドリルの質、数週間の使い分け、けがの発生率をこの結果だけで判断できません。男子17名の結果を、女子や成長期の選手、すべての靴の組み合わせへ一律に当てはめることも避けます。
研究に裸足条件が含まれていても、本記事は裸足での全力走を勧めません。比較実験の条件と、普段の練習で採用する方法は別です。実践では、スパイクで速く走る練習が必要な場面と、別の目的で靴を選ぶ場面を分け、速さ以外の確認項目も持ちます。
練習の局面ごとに、靴へ求める役割を整理する
次の表は編集部による整理です。候補は絶対的な指定ではなく、普段使っている靴、路面、練習の狙いに応じて判断するための出発点です。全体の準備手順は、公開済みの短距離選手の試合前ウォームアップと合わせて確認できます。
| 局面 | 主な目的 | 選択の候補と確認点 |
|---|---|---|
| ジョグ・移動 | 予定した場所で準備を進める | 用途に合うピンなしの靴。歩行・走行で足が靴の中で動きすぎないか |
| ドリル | 姿勢や動作を確かめる | その動きで扱いやすい練習用シューズ。踏み替えで靴や足がずれないか |
| 流し | 速度を上げながら走りを確認 | 練習用または慣れたスパイク。流しの目的・速度・路面を先に決める |
| スタート・主練習 | 狙った条件で加速や速度を確認 | 競技動作を狙う日は適したスパイクを候補に。毎回の靴の条件を記録 |
| 終了後の移動・整理 | 片付けと帰路の準備 | 施設と移動に合う靴へ戻す。ピン付きのまま通路を歩く前提にしない |
同じ「流し」でも、動きを確かめる走と、主練習直前に速度を上げる走は同じ目的とは限りません。何m走るかに加え、何を確認し、どの程度の力感で行うかを指導者と共有します。「流しだからこの靴」と名前だけで決めないことが大切です。
練習用シューズは、静止した履き心地の次に動作を確認
試着では、まずかかとを合わせてひもを締め、足先や甲に強い圧迫がないか、かかとが浮かないかを確かめます。その後は店舗や施設の許可範囲で、歩く、軽く足踏みするなどの動きを確認します。店内で突然ダッシュしたり、購入直後の全力走を最初の確認にしたりしないでください。
足に合うことと、実施する動きに合うことを分けます。歩いて問題がなくても、ドリルの踏み替えで足が横へずれる、流しで靴の中の前後移動が気になる、といった場合は、その局面での採用を見直します。厚みや柔らかさの印象だけで、安定性を決めつけないようにしましょう。
見る項目は、足と靴のずれ、接地位置を確かめやすいか、ひもを締め直す必要がないか、普段の動作を無理に変えていないか、の四つです。「接地」は足が地面に触れている局面を指します。特別な接地音や、強い前足部着地を作るために靴を選ぶのではなく、予定した動きを続けられるかを見ます。
痛み、しびれ、強い擦れが出る場合は、慣れの問題と決めつけて続行しません。いったん動作を止め、ひもや靴の状態を確認し、症状が続く場合は専門家へ相談してください。靴の変更を、痛みがある状態で全力練習を続ける理由にしないことが重要です。
路面と施設のルールを、練習メニューより先に確認
全天候トラック、土の走路、芝、体育館、舗装された通路では、使用を認められる靴が異なる場合があります。スパイクの可否、ピンの条件、ウォームアップ場所の指定を施設に確認します。隣の利用者が履いていることだけを、使用許可の根拠にはしません。
濡れ、砂、小石、落ち葉があるときは、靴を替えれば解決すると考える前に走路を確認します。速い流しを始める前に、低い速度で路面と靴の状態を確認し、滑る、引っかかる、進行方向を保ちにくい場合は、場所や内容を見直します。危険な状態で全力走をしてグリップを試すことは勧めません。
カーブを使う日も、直線での感覚だけで判断しません。使用レーンと動きの方向を確認し、予定した速度にいきなり上げない形で準備します。どの靴であっても、施設の状態や混雑によって練習を変更する判断は必要です。
スパイクへ履き替える位置を、準備の流れに組み込む
「ジョグが終わったら必ず履き替える」など、全員共通の時刻を決める必要はありません。編集部の提案は、スパイクで行う動作に入る前に、履き替え、器具の確認、走路への移動、動作の再確認を一続きで予定する方法です。
- 前半の目的を終える。練習用シューズで予定したジョグやドリルを行い、その日の体調と動きについて必要な共有をする。
- 止まって履き替える。通行を妨げない場所で、ソックス、ひも、靴の中、ピンの状態を確認する。急いでかかとを踏んだまま走り出さない。
- 低い速度から感覚を確かめる。慣れた準備の範囲で、歩行や短い動きから確認する。履き替えた直後の一本を、いきなり最速を狙う走にしない。
- 主練習の条件へ近づける。予定した流しやスタート動作へ進む。違和感があれば、速度や本数を足す前に指導者へ伝える。
- 練習を増やさない。履き替えの確認を理由に、予定外の全力走や追加のスタート練習を重ねない。
この手順は、決まった距離や本数を全選手へ勧めるものではありません。すでに指導者と決めたウォームアップがあるなら、その流れの中へ確認を入れます。新品のスパイク、久しぶりのスパイク、路面が変わった日などは、その変更点も共有してください。
途中で履き替えたあとに動きがまとまらない場合、「高性能だから合わせるしかない」とは判断しません。ひもの締め方や靴の状態、当日の疲労、路面を確認し、内容を変えるかを相談します。複数の条件を同時に変えたまま、原因を靴一つへ絞らないことが大切です。
新しい一足を試す日は、靴と練習量を同時に変えない
初めての靴を試すときは、慣れた練習場所と内容を出発点にします。新しいシューズ、新しいドリル、いつもより多い本数を同じ日に重ねると、何が合わなかったのかを振り返りにくくなります。大会当日に初めて、速い流しまで任せる使い方も避けましょう。
架空の手順説明例として、普段から行う40mの流し2本を使って練習用シューズの扱いやすさを見るなら、その2本を予定の中に組み込み、確認用の全力走を別に追加しない形にします。40m・2本は説明用の数値で、必要なウォームアップ量や、初心者の標準メニューではありません。
一日で決めず、同じ目的で使ったときの記録を残します。ただし、何回試せば必ず適合を判定できるという共通の回数は置きません。明らかなずれや痛みが出るなら、記録を集めるために使用を続ける必要はありません。
二足を同じ日に比較する場合も、後に履いた靴はウォームアップの進行や疲労の影響を受けます。前半より後半のタイムがよかっただけで、後の靴が優れているとは断定できません。練習の目的が走力向上なら、靴の比較が主練習を圧迫しない範囲にとどめます。
速さ以外の項目を、短いシューズ日誌に残す
記録は、靴の感想だけでなく、使った局面と条件を一緒に書きます。編集部の記録例では、各局面が終わったときに短く残し、ひもを調整した事実や、使用を見合わせた理由も記載します。点数を付けるなら本人の変化を見る補助とし、診断や選手同士の順位付けには使いません。
| 記録項目 | 記入例(すべて架空) | 判断につなげる点 |
|---|---|---|
| 靴と局面 | 練習靴A、ドリルと40mの流し2本 | 何に使って評価したかを明確にする |
| 路面・条件 | 乾いた直走路、いつもと同じソックス | 条件が変わった日と区別する |
| 動きと調整 | 最初はかかとが浮き、ひもを調整した | 製品名だけでなく調整の前後を残す |
| 次の判断 | 速い流しにはまだ使わず、通常の準備で再確認 | 採用する局面と保留する局面を分ける |
実際のタイムを残す場合は、距離、計時方法、スタート方法、風や路面、練習の順序も記載します。小さな差を靴の効果と決めず、同じ靴で同じ条件でも記録が変動することを考慮してください。速く感じたという主観と、計測したタイムは別の欄に置くと整理しやすくなります。
厚底・カーボンの有無だけで役割を決めない
シューズの仕様を読むときは、特定の機能の有無だけでなく、メーカーが何を目的に設計したかを確認します。例えば、アシックスが2026年8月13日に発表した「METASLEEK」は、カーボンプレートを搭載せず、日常のランニングからスピードトレーニングまでを想定した製品と説明されています。[2]
これはメーカーの用途説明の一例です。本記事で実際に使用・測定した結果ではなく、短距離選手全員への購入推奨でもありません。「プレートなしだから動きづくりが必ず上達する」と読み替えることはできません。逆に、プレートがあるだけでドリルに不向きと断定することも避けます。
厚み、形状、フィット、靴底の状態などを合わせて、自分が行う動作で確認します。長距離レースでの評価が高い靴でも、それを理由に短距離のすべての準備へ採用する必要はありません。短距離スパイクの剛性については、プレートの硬さと相性を確かめる選び方で別に整理しています。
主練習は「どちらを履いた記録か」をそろえる
スタートや競技に近い走りを確かめたい日には、使用が認められ、本人が慣れたスパイクでの練習を候補にします。一方、練習用シューズで実施する日を作る場合も、その靴での記録を、スパイクで走った記録と区別して残しましょう。
例えば、同じ距離・同じ本数でも、靴を変更した日のタイムが遅かったことだけで、調子が落ちたとは決めません。主練習の狙い、動きの再現、主観的な力み、疲労なども合わせて見ます。靴を変えても設定タイムだけを同じに保とうとして、必要以上に力むことがないかを確認します。
スパイクで行うこと自体を、練習成功の条件にしないことも大切です。路面や体調に問題がある日に、履き慣らしを優先して全力走を続ける理由にはなりません。競技会で使う場合は、練習で使えたことと出場可能な靴であることを分け、短距離シューズの競技会ルールと承認リストを確認してください。
二足持ちのメリットと、増える管理負担
役割を分けるメリットは、ジョグや移動、動きづくり、競技に近い走りを、それぞれ意図した靴で確認しやすくなることです。ただし、一足増えれば購入費、持ち運び、乾燥や点検、忘れ物の管理も増えます。二足にすれば必ずけがが減る、寿命が何倍になる、といった数値は今回の資料から示せません。
まずは手持ちの靴を点検し、どの局面で困るのかを一つ挙げます。移動もできる練習靴が必要なのか、速い流しで足がずれるのかでは、次の比較項目が異なります。困りごとがない段階で、ジョグ用・ドリル用・流し用をすべて買いそろえる必要はありません。
共用品や似た色の靴がある場合は、収納袋へ識別を付けると取り違えを減らせます。濡れた靴と他の用具を分け、清掃・乾燥方法は製品の取扱説明に従います。次の練習で、ソックス、ひも、靴底、ピンを確認できる状態にしておくことまでが使い分けの準備です。
成功例と失敗例:説明用モデルケース
以下はすべて架空の説明用モデルケースです。実在選手の経験や使用実績ではありません。成功はタイムの改善ではなく、靴の役割と判断材料を整理できたことを意味します。
| 条件 | 変更点 | 架空の結果 | 判断基準 |
|---|---|---|---|
| 成功例:どの靴で流しを行ったか記録していなかった | 局面と靴の記録欄を作る | スパイクの日と練習靴の日を分けて振り返れた | 同じ条件の記録を比較できるか。速さの効果は未判定 |
| 失敗例:新品の靴と新しいドリルを同じ日に導入 | 確認のために本数も増やした | 動きにくさが出たが、原因を切り分けられなかった | 追加を止め、慣れた内容で確認する方針へ戻す |
| 修正例:履き替えが主練習直前になり、準備を省略 | 準備の予定に履き替えと確認を入れる | 慌てずに靴と動きを確認できた | 確認が実施でき、予定外の全力走が増えていないか |
よくある質問
短距離選手もジョグ用シューズが必要ですか?
ジョグや移動を行うなら、その用途と足に合う靴を準備します。ただし、ジョグ専用の一足を必ず追加購入するという意味ではありません。手持ちの練習靴で必要な動きを行えるかを確認しましょう。
流しは必ずスパイクで行うべきですか?
必ずとはしません。流しの目的、速度、路面、続く主練習を踏まえて決めます。靴が変わったことを記録し、同じ「流し」という名前だけで条件が同じだと扱わないことが重要です。
薄い靴なら足が鍛えられますか?
今回確認した資料だけで、薄い靴を履けば短距離選手の足の筋力が高まるとは断定できません。メーカーの設計意図、履いた感覚、長期的なトレーニング効果は分けて考えます。
一足しか持てないときは、何を優先しますか?
まず、その一足で担当する動作と施設の条件を整理します。購入を急ぐ前に、指導者や専門店へ実際の練習内容を伝えて相談してください。ピン付きの靴で移動やすべての準備を兼ねる前提にはしません。
練習用シューズのタイムをスパイク換算できますか?
一律に何秒引くという換算はしません。研究で平均的な差が示されても、本人の距離、靴、路面、計時条件へそのまま当てはめられません。履物条件を分けた記録として残します。
ウエイトトレーニングにも同じ靴を使えますか?
ランニング用に選んだ靴が、すべてのウエイト種目にも適するとは限りません。実施種目、施設の指定、製品の用途を確認し、担当指導者と相談します。この記事の使い分け表は屋外の走練習を中心にした整理です。
次の練習では「どの局面に使うか」を一つ決める
新しい一足を探す前に、今の練習で靴に困っている場面を一つ書き出しましょう。目的と路面を決め、足と靴のずれや調整、履き替えるタイミングを確認します。最速の一本だけで評価せず、何のために選び、どの条件で使ったかを残すことが、無理なく使い分ける第一歩です。
参考資料
- Hsiao, H.-W., Nagahara, R., & Fuchs, P. X.(2025)「Kinematics and kinetics throughout the entire acceleration phase of 60-m sprints in different footwear conditions」Journal of Sports Sciences, 43(20), 2355–2365。DOI: 10.1080/02640414.2025.2533037。著者所属大学の研究記録に掲載された公開抄録を確認。
- アシックス「足本来の動きに着目したトレーニング用ランニングシューズ『METASLEEK』を発売」(2026年8月13日)。メーカーの用途・仕様説明として確認。
確認日:2026年10月30日。練習局面の整理、切り替え手順、日誌は編集部の提案です。記入例とモデルケースは架空で、未使用製品の体験談や、けが予防・記録向上を実証した結果ではありません。



